動物行動研究のためのガイドライン
日本動物行動学会に動物行動研究倫理委員会を置く。会員は委員会の定めるガイドラインに準拠して研究を行わなければならない。
1.目的
行動学研究は,動物行動の進化,適応,メカニズム,そして発達についての理解を深める重要な意味を持っている。これらの研究は,野外および飼育下においてなされ,手法としては,非侵襲的(注1)な行動観察以外にさまざまな実験的負荷処置を動物に加える方法を選ばなければならない場合もある。また,非侵襲的な行動観察を行なう場合にも野生動物に接近し,捕獲することでその行動や生理的状態等に影響を及ぼす可能性がある。科学的研究の重要性を踏まえた上で,研究者は研究によって動物や生態系に与える可能性のある負の影響を考慮し,これを最小限にとどめる努力をする必要がある。本ガイドラインは行動学研究において考慮すべき事項を示し,科学的研究だけでなく動物倫理的観点からも適正な動物行動研究の実施を促すことを目的とする。
(注1) 侵襲的とは,機能を不可逆的に損なうことを指す。
2.関連する法律等
研究者は,研究実施に際し関連する法律や,所属機関の定めるガイドラインに準拠して研究を行わなければならない。
3.適用対象動物
研究に用いるすべての動物(脊椎動物および無脊椎動物)とする。
4.研究計画の立案
研究者は,科学的研究計画を立案する際,これに適正な研究対象動物を選択し,研究方法の検討をする必要がある。飼育を要する研究計画の場合には,必要な飼育条件の確保を図る必要がある。また,研究対象となる動物群の専門家などの助言を求めることが望ましい。無脊椎動物は動物の科学的研究に関する法律の対象とならないことが多いが,これらの動物を研究対象とする場合にも,苦痛やストレスの兆候を考慮してこれを最小限とした研究計画をたてる努力をすることが望ましい。
5.動物の個体数
研究者は,研究目的を達成するのに最小限の動物個体数を使用するべきである。
6.動物の入手
研究用動物は,適正な業者や研究機関などから入手する必要がある。野生動物を野外で捕獲する場合には,生態系に与える影響を最低限とし,なるべく苦痛のないように捕獲を行なう必要がある。
7.動物の飼育管理
飼育管理をともなう研究を行なう場合,研究者は研究対象となる動物種の行動特性を配慮し,適正な飼育環境で動物を飼育する必要がある。野生動物を研究用に飼育する場合には飼育環境条件に特に注意してなるべくストレスの少ない飼育環境条件となるよう考慮することが望ましい。
8.研究方法
- 研究に当たっては,研究対象動物に与える苦痛の大きさと時間が最小限であるようにするべきである。実験的処置を施す際には日常の訓練や順化措置と適正な麻酔等を用いて苦痛の軽減を行なうことが望ましい。
- 研究者は,研究の対象動物の扱いを十分習熟する必要がある。
- 野外研究においては,捕獲,マーキング,テレメトリーシステムの装着,採血や組織採取などによって動物に与える負の影響をなるべく軽減することが望ましい。
- 異種あるいは同種間の攻撃行動を実験的に研究する際には,研究の目的にもよるが,攻撃を受けた個体用の逃走路確保や保護用柵の設置などによって攻撃を受けることによる被攻撃対象動物の死傷をなるべく減ずるようにすることが望ましい。
- 嫌悪刺激や飢餓条件は,動物の健康状態に十分注意し,研究目的に沿う範囲で必要以上に強い刺激や飢餓条件とならないようにする必要がある。
- 隔離と過密飼育は,研究目的に沿う範囲で必要以上に長期間課することのないように注意することが望ましい。
- 病原体や寄生虫に人為的に感染させる処置を研究に適用する際は,動物の状態をなるべく頻繁に観察し,健康状態の悪化が観察された場合には適宜適切な治療処置や時にはできるだけ苦痛を与えないような方法で殺処分を行なうことが望ましい。また,物理的化学的材料あるいは病原体を扱う実験においては,人の安全の確保と飼育環境の汚染により研究対象外の動物が障害を受けることのないよう十分に配慮しなければならない。実験施設周囲の汚染防止にも注意を払う必要がある。
9.研究終了時の処置
研究終了時には,(1)野外観察を行った場合には,対象動物および環境に施した操作は,すみやかに可能な限りこれを復帰し,(2)野生動物を捕獲し飼育して研究に用いた場合には,法律上可能であれば,他の研究者に譲渡して他の研究や繁殖に用いる方法や,(3)放逐によってその動物およびその地域に生息する生物,および生態系に悪影響がなければ捕獲した場所に放すことも検討すべきであり,(4)研究対象動物の殺処分を行なう必要がある場合には,できるだけ苦痛のない方法でこれを行うことが必要である。
*このガイドラインは2003年1月1日より施行する。
